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攻城録:芳賀郡・二宮町



長沼城(ながぬま)
【別  称】 錦着城

【所在地】 二宮町大字長沼字舘の内





 二宮町立長沼中学校の東側に位置し、現在は農地や宅地になっておりその姿を確認することは出来ませんが、「舘
の内・東北門・北門・西木戸」などの字名が残っており、所々の高低差などが広大な城郭の名残となっています。

 この城は、小山政光の次男宗政が長沼荘を領有し、地名をとって「長沼氏」とし、元暦元年(1184年)にこの地に築城したそうです。
 なお、長沼宗政の兄が小山朝政、弟が結城朝光(結城氏祖)で、小山三兄弟と呼ばれ、志田義広討伐や平家討伐、奥州征伐において大きな戦功をあげ、大活躍をします。
 また、長沼宗政は承久の乱にも出陣したとのことです。

 その後、各地の守護職や地頭に任ぜられ、12代長沼成宗の代に、堀越公方(足利正知)と古河公方(足利成氏)の争いに巻き込まれて、文明3年古河公方の敗北と共に成宗も破れ、約290年間続いた長沼城は落城しました。
 
 近くには、長沼家の菩提寺の宗光寺や、征夷大将軍坂上田村麻呂が創立し、源頼義や義家が奥州征伐の時の戦勝祈願をしており、歴代の長沼氏が庇護した長沼八幡宮があります。
 この宗光寺は周囲に堀が巡らされ、長沼城築城前の長沼氏の居館だったとも言われています。

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